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微生物の万能プラットフォーム
農業法人合同会社 吉岡の里

カンボジアの孤児院をやってる岩田さんたち

視察の皆様がどんどん増えてます!

11/21はカンボジアで孤児院をやっている岩田さんと北海道でいろんな事業をやっている福間さんがいらっしゃいました。

長沼博之さんが運営するSocial design salonで、私のプレゼンを聞いた福間さんが、岩田さんをつないでくれました。福間さん有難うございました。

カンボジアの状況をうかがうに、孤児院は減少方針とのこと、その理由はそのような状況(孤児が増える状況)が続くなら支援を打ち切るとの外圧があるそうです。そして、政府は原因を解決するのではなく、目に見える成果として孤児院の数を減少させる方針だけを採っている模様。どこの政府もだめですね。

では、民間が頑張るかというと、そうでもなさそう。アンコールワットを作った民族に能力がないわけがないのに、1次産業である農業を細々とやっているだけで、加工は外国にやってもらい、こともあろうにその加工食品を輸入しているそうです。

日本の明治維新の時のように、セゴドンや竜馬の様な志士がカンボジアにも出て来ませんかね?

伺うに、優秀な学生を日本に留学生として送り込んでいるそうです。さすがです。そのような若者がカンボジアの明日を早く担ってほしいものです。

その一方で、日本もヤバいです。「マニュアルがないとできない」は言い古されてますが、いろんな人に接するに大いに感じます。なんでも聞けばよいというものではありません。聞いたほうが早いことや聞かなければわからないことはたくさんありますので、「聞くな」とは言いませんが、「聞くべきこと」と「まずは自分で考えてやってみること」の区別ぐらいはつけましょう。やってみてわからないことや改善すべきことはどんどん衆知を募ればよいと思いますが、何にも考えずに聞く人がいかに多いか!

そんなことを考えていて思ったこと。

理解力と誤解力

理解力とは、相手が言っていることを単に理解することではありません。相手が本当に言いたいことを引き出す能力です。それには、いろいろと質問もして「あなたが言っていることはこういうことですよね」と確認し、同じイメージを共有することです。これが理解力。

一方、普通の人が理解力だと思っていることはだいたいが「誤解力」です。誤解力とは、相手が言っていることを自分のフィルターを通して「それはこういうことね」と勝手に解釈し、かつ、相手に自分のその理解(誤解)を確認しなくても、「理解したと思える」能力のことです。私は自分の理解が正しいか相手に確認しないと不安ですが。。。

世の中、誤解力がいかに多いか。世の中は誤解で構築されているといっても過言ではありません。

農業も商売も国づくりも、基本は理解力からです。相手の話をきちんと聴き、正確に理解することから始まります。相手が何を欲していて、自分に何が足りず、何ができるかを正確に理解すれば、自ずと発展します。相手の欲するもの、自分にできるもの・足りないもの、これらの理解が誤解になったときに不幸が始まります。

最近、改めて感じました。

本日も、全部ありがとうございます!
すべての出来事とすべての出会いに感謝!

 

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